オーストラリア旅行 ~VIVID SYDNEY

娘が、10年前に留学していた時の友人に会いに、オーストラリアに行くことになり、「お父さんも行きたい?」と聞いてくれたので、「謹んでお供させていただきます。」と受けることにした。
娘は航空業界で働いているので、本人はもちろん親や配偶者、子どもなら割引運賃で飛行機を利用できるのだ。ただし、空席がある場合に限るので、便は選べない。
娘の友人は、キャンベラとメルボルンに住んでいるのだが、利用できる航空会社にはメルボルンへの直行便はないので、まず仁川国際空港経由でシドニーに行き、国内線に乗り換えてメルボルンまで行くのだという。
仁川国際空港まで2時間、さらに仁川からシドニー空港まで約10時間かかるそうで、私にとっては初の10時間越えのフライトとなる。飛行機やホテルは娘がネットで手配してくれたので、出発まで何もすることはなかった。
「どこか行きたいところがあったら言ってね。」と言われたけど、全く思い浮かばないので、「シドニー観光」で検索して、「ぜひ行きたいシドニーベスト10」というのをプリントアウトしてみた。
オペラハウスとかハーバーブリッジとか私でも聞いたことがある名所が1位2位を占めていたが、3位のブルーマウンテンズは知らなかった。ロックスやサーキュラーキーという地名は初めて耳にした。ボンダイビーチも有名だそうだが、今は冬なのでビーチは除外しよう。
娘に紙を見せると、ブルーマウンテンズは天気に左右されるから、今回は行かないが他の名所はだいたい回る予定だと聞かされた。
シドニー国際空港に到着すると、入国審査はePassportという自動システムだった。パスポートを機械にスキャンさせ、カメラの前に立つと、顔を認識してOKとなり、入国のスタンプもなく、あっけないほど簡単だった。


エアポートリンクで市内まで行くことになり、オパールカードというスイカのようなカードを購入し、20オーストラリア$(A$)チャージして貰った。
ホテルはセントジェームス駅から徒歩で10分くらいとのことだった。季節は晩秋で気温は12℃だったが、頭の中はまだ初夏の日本で、枯葉散る景色を見ても、秋とは思えなかった。

セントメリーズ大聖堂
ホテルはCastlereagh boutique Hotelというクラシカルなホテルだったが、娘は空港でレンタルしたWiFiを使い、グーグルマップに道案内して貰った。便利な時代になったものだ。海外旅行する者はスマホとパスポートがあれば他にはクレジットカードがあれば十分だ。そのうちパスポートもスマホのアプリになるかもしれない。
私がぜひオーストラリア名物のミートパイなるものを食べてみたいというと、ハーバー近くのハリーズ・カフェ・デ・ウィールズという店に連れて行ってくれた。人気のタイガーというミートパイとホットドッグを注文したが、どちらも味といいボリュームといい最高だった。


その後、築地場外市場のようなシドニー・フィッシュ・マーケットに行き新鮮なカキやロブスターをたらふく食べた。オーストラリアは食糧自給率が200%と言う話を聞いていたが、魚介類も例外ではないと思う。
いちばん驚いたのは、マーケットの一角を寿司コーナーが占めていたことで、観光客にすごい人気だった。この後どこのフードコートに行っても、寿司人気は変わらずバラエティ豊かな寿司が並んでいた。





次はオペラハウスを見学することになり、日本語ツアーを申し込んでくれた。日本人は11名集まっていた。オーストラリアの他の名所もだいたい自由見学は出来ないがツアーに申し込むと見られるところが多いようだ。
内部は4つの劇場があるそうだが、ちょうど上演中でそのリハーサル現場を見ることができた。オペラハウスのあの奇抜な形は屋根の部分で、中の建物とはつながっていないとのことだった。




美しいタイルで覆われた屋根
オペラハウスは、1956年に世界的なデザインコンペで選ばれたデンマークのヨーン・ウッツォン氏の作品だが、あまりにもデザインが奇抜過ぎて、実現不可能かと思われたが、ウッツォン氏自身によって球の曲面を使うことで建築可能であることが発見されたそうだ。



しかし、その建設には、当初は3年で700万A$と見積もられたのに、実際には14年の歳月と1億200万A$という莫大な費用を要し、途中でウッツォン氏とオーストラリアの州政府側の意見が予算の面で折り合わず、ウッツォン氏はデンマークに帰ってしまい、オーストラリア人の建築家が後を継いで完成させたそうだ。ウッツォン氏は死ぬまで完成したオペラハウスを見ることはなかったという。
この説明を聞いて、どこかの国の出来事に似ているなぁと思った。そう、あのオリンピックの国立競技場をデザインしたザハ氏の話である。オペラハウスは、オーストラリア側の努力で完成にこぎつけ、今や世界文化遺産に登録されたシドニーを代表する建築物になった。

しかし、日本では、費用がかかり過ぎるからとさっさと他の人に設計を変更したが、変更したものも実際にいくらかかるのかはできてみないとわからない。日本人はせっかちなのだろうか?コンペで選ばれたザハ氏に対するレスペクトはないのだろうか?
その後、娘の友人夫妻と落ち合い、一緒に夕食を食べることになった。何か食べたいものはあるかと問われ、せっかくオーストラリアに来たのだから、本場のオージービーフを食べてみたい、と言ったのだが、これはちょっとまずい発言だったようだ。
つまり松坂に来たのだから松坂牛を食べたいというのと同じで、今やオーストラリアの人々にとって、「ステーキ=和牛」となっており、最高の贅沢らしいのだ。家で食べる肉と異なり、外食でステーキを食べるというのは、オーストラリア人はあまりしないようでステーキ店もほとんど見当たらない。

で、シドニーでも指折りの高級なお店で64A$もするステーキをご馳走になった。娘に「友人に浪費させちゃったね。」と侘びると「いいのよ、彼女が日本に来た時は、私もご馳走してるから。」と平気だったので、少しホッとした。
娘と友人の楽しみは、午後6時から始まる「VIVID SYDNEY」という一大ページェントだそうで、何でも街中が光で溢れるそうだ。 私達は、それを海の上から見るために、フェリーボートに乗り込んだ。

午後6時になると、街中のビルというビル、道路という道路すべてがライトアップされたり自ら光を放ったり、しかも時間と共に色が変わり、目を見張るばかりである。

何と言っても圧巻はオペラハウスの真っ白い屋根を使ったプロジェクションマッピングであった。オペラハウスが生きて動いているような錯覚さえ起こす見事な映像が次々に映しだされた。



ハーバーブリッジのライトアップ
午後11時まで続くという一大ページェントに皆酔いしれて、人出は増えていくばかりだ。 フェリーボートは、1時間の湾内クルーズを終えて船着場に戻り、私達は友人と別れて電車でホテルに戻った。