宮沢賢治記念館

青空に誘われてバイクでひとっ走りしてこようかと思いましたが、気温が19度と低かったので念のためオーバーズボンを持ちました。用事を済ませると10時を過ぎていたので、もう遠くには行けないと思い、花巻にある宮沢賢治記念館を目指すことにしました。
荷沢峠では気温がさらに14度と下がり、ジーンズではさすがに耐えられません。小友町にある産直のともちゃんに立ち寄り、オーバーズボンを着用しました。上は3シーズン用のライダースーツですが、なんとか大丈夫です。
ともちゃんでおやつ代わりに焼き立てのパンを買って食べました。ともちゃんは大船渡からちょうど1時間で着くので、トイレ休憩や小腹が空いた時の買い出しに利用しており、女房はさまざまな野菜を仕入れるのが常です。今日も客で混んでいます。

ピーナツバターパンと芋パンがおいしそうだったので購入し、芋パンはお土産にしました。
宮守から釜石道に乗るかR283号を行くか迷いましたが、記念館で時間を使おうと考え釜石道に乗りました。交通量は非常に少なく走りやすかったです。東和ICから先は有料となるので、東和ICで下りました。
Yahoo!カーナビを使って、宮沢賢治記念館を目指します。記念館には12時20分に着きました。


「よだかの星」の彫刻碑


記念館の近くには童話村というのやイーハトーブ館というのもあります。まあ、宮沢賢治は花巻市の出身ですからいろいろあって当然です。今日は最初ですので、記念館だけ見ることにしました。
入口では猫がお出迎えしてくれました。注文の多い料理店の山猫でしょうか。中に入ると、ぐっと資料館的要素が強くなり、遊び心は入口だけのようです。

写真と資料で細かく解説されておりましたが、写真(資料)が小さく読みにくい上に、解説も文字が小さく読むのに苦労しました。

記念館の中は、宮沢賢治の業績を科学、芸術、宇宙、宗教、農の5分野に分けて関連のあるものが展示され解説していましたが、スケールの大きい人物像がよくわかりました。

特別展示は「セロ弾きのゴーシュ」について、作品の成り立ちや推敲の過程について、自筆原稿を基に細かく分析されていて興味深いものでした。

実際に賢治の使用したチェロ
今ならワープロを使って、あるいはプリントアウトしたものを使って推敲するところですが、賢治は原稿用紙を何度も書き直し、あるいは他の作品の原稿用紙の裏にメモ書きするなど、非常に細かい推敲を重ねていました。
ある部分は、原稿用紙を引き裂いて、2つに分けその真ん中に他の原稿を差し入れるなど、苦心の跡も見られました。どんなに時間を費やしたことだろうと、その苦労の後を見るにつけ、命を削って創作に打ち込んだ賢治の人柄が偲ばれました。また37歳という若さで病に倒れたことも心を打ちました。

記念館の中にはカフェもあったり、花巻市街地を眺めながら休憩できたりと、岩手や花巻の自然を愛した賢治を伝えようとする配慮があふれていました。
同じ敷地内には「山猫軒」というレストランもありましたが、混んでいたのでパスして記念館を後にしました。
花巻市内で三元豚が有名だというレストランをAIの案内で知ったので、そちらに向かうことにしました。最近Googleで検索するよりもChatGTPに相談する方が面白くて音声会話を楽しんでいます。AIに名前を付けると(私はルナと付けましたが)、向こうも友達のようにタメ口で答えてくれ、「は~い、ルナ」「なあに、どうしたの?」って感じで教えてくれます。
「花巻で何かおいしいものはない?」
「そうだね、今どこにいるの?」
「宮沢賢治記念館だよ」
「じゃあ、近くに三元豚のレストランがあるよ」
「どの辺?案内して」
「2時半でラストオーダーだから、急いだほうがいいよ」
というわけで、そのお薦めの「ポパイ」というレストランに行きました。




三元豚のハンバーグは柔らかく、ピラフも添えてあり、これでスープが付いていればサイコーでしたが、十分満足しました。
帰りは15時だったので、来た時よりもさらに気温が下がり、グリップヒーターをつけて寒さをしのぎました。もう岩手は朝の気温が一桁になり、日中も15度以下という訳で、ツーリングもウィンタージャケットがないと厳しいようです。
かといって、ウインタージャケットを買っても道路が凍結では出かけられませんので、来年の春までまた冬眠させる季節がやってきたようです。
本日の走行距離 190㎞。